自己肯定感
※この記事を含め、思ったことを書き出すためにとりあえず書く、を目標にリハビリ的に作成しているので、読みづらさや行間のつながりなど、分かりにくいと思います。
この1週間で発達障害・アスペルガー症候群・社交不安症等についての本を何冊か読んでみた。
苦手なことやそれについての対処法等々、勉強になることが多かったが、やはりどれも同じようなことばかり。同じテーマについての本を読んでいるので当たり前ではあるけれど、いくら読んでも埋められない何かがあった。
そのときに辿り着いたのが「自己肯定感」というワード。
どんなに苦手なことや特性、対処法を学んでも、それをするための気力がない。気力がないのは、自身のネガティブさに原因の一反があるのかも知れないと思った。
「自己肯定感」について検索すると、今の私に必要なことが見えてきた。
「ありのままの自分を認めてあげること。」
そこで以下の本を購入し、拝読した。
こちらの本は他人の感情に敏感な人や、他人に合わせて(他人はこう思うだろうから、こうしよう等)行動してしまう人が、いかに他人軸から自分軸へと考え方を変えていくか、と言った内容が書かれていた。
著者の実際のカウンセリング経験から、具体的なクライアントのけいけんを載せているので、理解しやすかった。
自己肯定感が低い限り、再び就職してもまた人間関係で悩んでしまうかもしれない。そうなりたくない。そのために根本的な考え方をかえていきたい。
その思いから読んでみたが、私にとってはそれ以上の良い変化への導きが得られたような気がしました。
あらゆるネガティブ思考(不安・恐れ・自身のなさ)が、家族(私は母との繋がりが強いため、とくに母)からの言葉が影響していることに気づけた。
親に逆らわない、口答えしない、自分の意見を伝えたら豹変する、少し意見すると倍以上の叱責
「お前を殺して私もしぬ」「もうしんでやる」「もうお前のことは何もしない、勝手にしろ」「出ていけ(前の父のところへ行け)」「自分1人でやってきたと思うな」「親がいなければ何もできなかった」など
言われてきた言葉を無意識に脳が学習してきていたんだなぁ、と深く納得した。
見えない線が、実は綱引きのような太さだった、という気持ちだった。
そして、この母の言動は何が原因だったのか?と考えてたときに、幼少期や夫(私にとっての前の父)、母(祖母)や姉たち(叔母)からの抑圧などがそうさせたことも痛く感じた。
子供を愛したいのに、頑張ってつくった母親像が否されたと思うと混乱してしまい、どうにも感情にのコントロールが効かなくなってしまったんだと思う。
しかし、母がわたしに与えてくれたもの、してくれたこともたくさんある。母への感情の発散、共感を得て、感謝の気持ちが大きくなってきた。
「私は私は、あなたはあなた」
良いところがあれば「それが私」
できないことがあっても「それも私」
これからは自分を認めてあげること、それを少しずつ頑張っていきたい。
余談になるけれど
上記の本を以前読んだことがあるので、今回読んだ本の理解がよりしやすくなったような気がします。